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2012年1月23日、読売新聞  高齢化社会の地域医療の再生策について、村上医師にインタビュー記事
2011/8/22  メルマガから
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私達の業界用語に「ムンテラ」という言葉があります。ドイツ語のムント・テラフィー(口での治療)から来ている言葉で、医師が患者さんに病状を説明するといった意味です。
研修医の時代に指導医から「○○さんにムンテラしておいて」等と使われていましたが、私は何となくただ説明するのに偉そうに「治療」という意味の言葉が入っているこの言葉が嫌いで「病状を説明します」等と言っていましたし、今もそうしています。
今日は偶然午前と午後に2件、病状説明する機会があったのでそれをご紹介したいと思います。

午前中に話をした方は90歳の男性の入院患者さんの息子さんでした。他の医療機関で高血圧や便秘症、肺気腫等で通院していましたが、最近では認知症も出てきて一人で生活が困難になり、ここ最近の暑さで体も弱り、脱水状態となっていたため入院となりました。
入院後は点滴などで元気を取り戻して、ご飯も食べられるようになりました。今後は老人保健施設に入所してリハビリをする予定になっていました。
入院時の検査でALP(アルカリフォスファターゼ)という酵素が異常に上昇していたため、検査を追加したところ、かなり進行した前立腺癌が見つかりました。そこで、札幌にお住いの息子さんを呼んでその事を説明しました。

すると、息子さんは「父親は男性にしたら90歳と長生きしてくれて、充分本人の好きなように生きてくれたし、今の状態がいいのでしたら、他の病院へ行ったり色々な検査や治療などしないで、そのまま夕張で本人お好きなように過ごさせて欲しい。以前から父親はそうしてほしいと言っていました」とおっしゃっていました。
この息子さんは毎週のように夕張へ足を運び、夕張が好きなお父さんの生活を支えてきた方です。幸いここの老健は医療機関が併設されているので、病気が進行した時にはそちらで対応できるので、自分も時々来るのでお願いしたいというご希望でした。

午後は特別養護老人ホームの回診で、偶然同じ90歳の男性入所者のご家族への病状説明がありました。この方はグループホームから最近特別養護老人ホームに転所してきた方です。
認知症や廃用性の変化で動けなくなり、最近では薬や食事も摂れなくなり、腎機能も悪化して状態が悪くなってきました。検査などをした結果、特定の病気というより老衰といった印象があり、ご夫婦で話を聞きに来た息子さんにそのことを告げました。この息子さんも入所中から頻繁に足を運び、施設の方とも良く話をしていた方です。

「父親は病院や施設が嫌いだが、ここの特別養護老人ホームだけは入りたいと言っていました。88歳のお祝いをした時にはもう無理かと思っていましたが、ここまで長生きしてくれて感謝しています。
本人が入りたい夕張の施設に入れて良かったし、一生懸命に介護してくれている施設の職員の皆さんにもとても感謝しています。
本人は以前から弱ってきたら延命治療などはして欲しくないと言っていましたし、これだけ長生きしたのですから弱って来てもそれは仕方ない事です。本人が望まない事や辛い事はやって欲しくないし、その事に家族が色々言う事はおかしいと思っていますので、ここで出来る範囲で十分ですので看てあげて下さい」といった話をされていました。

北海道は核家族化率が日本一で、高齢化が日本一進んだ夕張市では高齢者がお子さんと離れて暮らしているケースが殆どです。
この様な病状説明をしていて共通する事があります。

まめに足を運ぶご家族はこの様な話をする事が多く、殆ど顔を出さないご家族の多くは病状が悪化すると「出来る限りの医療をやって下さい!」「なんで大きな病院に連れて行かないんだ!」「そんな話は聞いていない!」等と言います。
私達の間では後者の様なご家族を「自称親思い」と呼んでいます。
多分入院患者さんや入所者の方が一番望んでいるのは、多くの場合ご家族と会う事だと思います。もちろん悪気はない事ですし、良かれと思ってやることですが、平均寿命を超えた高齢者の貴重な時間が失われるケースも多いと思います。どちらかというと本人の希望というよりご家族の納得や体裁が優先されてしまいます。
従来の戦う医療の発想ではご本人の希望より家族や医療機関の希望が優先されてしまい、ご本人が死に場所も選べない事になります。

ある医療機関では末期の癌患者さんがその事を告げられて、ご家族も含めて「治療が出来ないなら最期は自宅で迎えたい」と医療者に申し出た所「搬送中に何かあったら大変なので駄目です」と断られたという話を聞きました。
自分で病状を理解して必ず何かあると覚悟した方でさえ、なかなか希望が通らない状態です。
色々ご意見もあるとは思いますが、私はこまめに足を運び、ご本人の意思を尊重する今回ご紹介したご家族を尊敬していますし、出来るだけその様な方達の希望をかなえてあげたいと思っています。

「戦う医療」では死は敗北ですので許されない事ですし、下手をすると例えがんの末期で治療が無いと分かっていても救命処置や延命処置をしてしまいます。
果たしてこの事が人間の尊厳を守っているのか疑問があります。
正直私自身90歳まで生きている自信はありません。
そんな方が好きな地域で過ごしたいと言っているのを出来るだけ邪魔しないようにする事が大切だと思っています。

ある先生がこんな事を言っていました。「食べないから弱って死ぬのではなく、もう寿命だから食べられなくなるんだ」
日本はこれから世界一の高齢化社会を迎えます。言い換えますと夕張の様に亡くなる方が多くなるという事を意味しています。
本人のためにも財政を考えても「支える医療」が必要だと感じている今日この頃です。

 医療法人財団 夕張希望の杜
  理事長 村上智彦  [ 
http://www.kibounomori.jp/ ]


11/06/28 村上智彦のツイッター
今日の話し合いの中で、この町の医療費の動向を研究として解析する提案をしました。日本一高齢化した市でどの様になって行くのか、あるいはどうしたらいいのかといった研究を市長も入れてやれたら、他の地域の参考になる様に思えます。副市長さんは快諾して下さったので楽しみです。

 ≪1月24日のメルマガから≫
 (略)
医療と福祉の多職種の連携によって、本当に色々な事ができるようになってきました。
 
多くの方が高齢化社会で医療が必要といいますが、高齢化した地域に必要なのは福祉を支えるための医療であって、あまり医療に依存すると病人ばかり作ってしまう事にもなりかねません。
 (略)何かを変えようとする時には上手なやり方など存在しないし、出来ない理由はいくらでも出てくるという事を実感します。
 ある夕張の方が「理念は理解できるがやり方が・・・」「理解を得るには時間がかかる・・・」と私に言っていましたが、それなら言っている方がやって見せてほしいですし、時間をかけているうちに、そんなことを言っている人たちが破綻したのが現実ですし、成功例など殆ど見ることはありません。そして必ず誰かのせいにして責任を取りません。

 ≪2月12日 村上医師のツィッター
 
医療機関の充実や継続が必ずしもその地域の平均寿命を延ばしたり、病人を減らすことにはなりません。長野県のように検診の受診率を上げたり、生活習慣を改善する方がお金はかからないし、結果は出ています。

≪2月11日 同
 予防と在宅医療を重視した「支える医療」を行っている村上智彦は「いつ、どこで、どう亡くなりたいかを聞く」ことで生活をどのように支えるかを判断したり、胃ろうを造設すべきかを率直に話し合ったりできるとした。また、医療従事者の役割は高齢者が自己決定した内容を支えることにあると訴えた。
 → 読み替えると「行政の役割は、住民が自己決定した住民サービスを提供することにある」

◇ 2.村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜【里芋禁】
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タイトルを見ても何の事か分からないと思いますが、今回は私が東日本大震災の医療支援の為に3月26日から4日間、岩手県藤沢町民病院へ行った時の話を書きます。

私が自治医大で5年間の地域医療研修を終えて、北海道へ帰る為に地域医療の現場を経験するために6年目の1年間勤務したのが岩手県の藤沢町民病院でした。
それは平成10年ですから今から12年前の話です。

久し振りに古巣での仕事でしたが、看護師さんや事務の方は当時の方達が随分残っており、院長で私の師匠でもある佐藤元美先生もお元気でした。
新しく入った電子カルテには少々手こずりましたが、私の事を覚えている患者さんもいて、随分懐かしさに浸っていました。

藤沢町の地域医療は、病院評価機構の評価を受けていて、黒字経営の自治体病院を中心に、在宅医療、高齢者施設が一体になった、地域包括ケアのモデルの様な地域です。
藤沢町の凄いところは、充実した地域医療だけではなく、そこの職員や住民、市役所の職員も含めた地域力だと思います。
例えば、地震で停電になり、エレベーターが止まると、誰も指示を出さなくても事務の皆さんが協力して食事を運び、クラークの方が医療事務も熟知しています。
私が帰る時も、同行した永森医師が車で送っていこうとすると、「せっかく来てくれている医師にそんな事をさせると申し訳ない」と町民病院を支える会の方が自主的に私を花巻空港まで送って下さいました。

患者さんのから度々、「病院を支えるのは住民である私達の仕事です」といった発言を聞きます。国が悪い、道が悪いと言って何でも人のせいにしている人達とは正反対です。
行政の皆さんも、全国でも下から何位くらいの安い給与ですが、「地域を守る為には仕方ないです」と言います。
もっと驚いたことですが、私は食べ物の好き嫌いが殆ど無い人間なのですが、唯一里芋が苦手です。ここの病院食は栄養士の方が頑張っていてかなり食事が美味しくて、誕生日には食事のトレーにお祝いのメッセージがのっていました。

12年前に藤沢町民病院で働き始めた時に、食事でいつも苦手な里芋を残していました。その後ほんの数週間で何も言っていないのに、私の食事の里芋がジャガイモに代わっていました。
後で栄養士の小野寺さんに聞くと「いつも残していたので苦手なのかと思いまして・・・」といった感じでした。
今回永森先生は私が帰った後に、間違って出された私の食事がのったトレーを見ると、「里芋禁」のシールが貼ってあったのだそうです。
彼はそのシールを私へのお土産として持って来てくれました。何よりも嬉しいお土産になりました。
12年前に勤めていた医師の好き嫌いの情報まで生きていたのですから、ここへ医師が来る理由がよくわかります。

ある日、震災中に具合が悪くなった寝たきりの母親を息子さんが病院に連れてきました。朝からスタンドに並んで給油して、車の荷台に毛布を弾いて母親を乗せてきました。
話を聞くと「こんな時に救急車を使うと申し訳ないので」と言います。
藤沢町は一度地域医療が崩壊して、再生してきたという歴史を持ちます。地域性や歴史の違いがあるにしても、あまりにも差があります。
地域の医療を守るのは住民自身の意識だというのが私の持論ですが、今回支援に参加してくれたスタッフの皆さんもおそらく私が言っていた意味が良く解ってくれたと思います。

「医師不足」は全国的な事ですが、世界的に見ても日本の人口当たりの医師数は少ないのに、何故か偏在という言葉で片付け、その責任を医師のモラルの問題にすり替えてしまっています。
本当に医療が必要なら、今いる医師を大切にして、住民自身が医師でなくてもそこの地域に住みたいという町づくりをすべきではないでしょうか?

少なくともそれを全部国や道のせいにしていた夕張市では自治体も医療も破綻しています。
過去のやり方に拘り、既得権益を優先して、実現できない悪しき平等を進めるのではなくて、自分の地域に愛着を持ち、頑張った自治体が報われるべきだと私には思えます。
最期に、今回の支援に協力して下さった皆様に感謝します。